中国留学のススメ 中国語専攻3年福山智香
「これからはアジアの時代」といわれるようになった近年、これから中国語を学びたいと思っている人や中国に興味を持っている人も少なくはないのでしょうか。私はそのような人たちにぜひ中国留学を勧めたいと思います。というのも、旅行では見ることのできない、旅行で見るのとは違う中国を見て、中国の魅力を肌で感じ、中国を好きになってほしいからです。
私が「中国語をもっと話せるようになりたい」と中国留学を決めたのは大学に入ったばかりの頃。留学費用のためにアルバイトを始め、両親を説得して実現したのがちょううど一年前でした。海外旅行の経験はあったものの初めての中国、「一年間も生活できるのだろうか」と出発が近づくにつれ不安はつのるばかりでした。「一応二年近くも勉強してきたし、何とかなるだろう」と自分に言い聞かせ北京行きの飛行機に乗り込んだ事も今では懐かしい思いでです。中国は想像以上に広大で魅力あふれる国で、実際に行って帰って来てみると「また中国に帰りたい」と思うくらいに中国が大好きになっていました。
私は二〇〇一年二月から七月までを北京で過ごし、九月から二〇〇二年の一月までを上海で過ごしました。中国の大学の多くは二月下旬もしくは三月上旬を春学期のスタートとしているのですが、私が留学先に選んだ北京師範大学(以下、北師大)は二月上旬から授業が始まっており、北九州大学の後期試験の関係で入学式には間に合わず、一週間遅れでの入学となってしまいました。北師大は教師陣が充実しているし、カリキュラムもしっかりしています。しかも交通の便がいいので留学生に人気が高く、わたしが学んだ学期は日本人だけでも二百人以上、各国からの留学生も含めると五百人以上の外国人が学んでいました。「せっかく中国にいるのだからなるべく日本人の友達は作らないようにしよう」と思っていたので、ルームメイトは日本人以外を希望したことや、クラス分けテストの結果決められたわたしのクラスには日本人がわたしも含め3人しかいなかったこともあり、北京で友達と呼べる日本人はほんの一握りしかいません。『中国語を学ぶ』という点を考えるとわたしの北京での生活は充実していたといえるのではないでしょうか。
九月からは上海の上海交通大学(以下、交大)に留学先を変更しました。なぜ、半年ずつで学校?都市を変えたのか、それはわたしが欲張りで「1年という限られた時間の中で少しでも多くのものを見聞きしたい」と思ったのが第一の理由で、北京と上海を選んだのにはもうひとつの理由があります。それは、周知の通り中国は広大なので気候や生活習慣、考え方、言語にいたるまでその土地特有のものを持っています。特に南方と北方でその差が大きいので、北方の北京と南方の上海でそれぞれの生活を体験したかったのです。旅行で各地をまわるという方法もあり、実際に年間を通して多くの場所を訪れることができましたが、やはり旅行と生活をするのとでは見えてくるものが違ってきます。
わたしは先に北方に行ってから南方に行ったので上海に行ったばかりの頃は戸惑うことや驚くことばかりだったのですが、結果的にそれぞれの良いところも悪いところも見ることができたと思っています。
「どちらが好きか、どこが良いところでどこが悪いところか」と聞かれることが多々ありますが、これは個人の価値観で違ってくるので、実際に行って肌で感じてもらえれば...と思います。
交大は現在の国家主席、江沢民氏の母校という事で年々人気が上がってきており、わたしが下調べしていた人数よりもかなり多くの日本人留学生がいました。留学生全体の数も前学期よりもかなり増えたらしく、寮の部屋が足りない、というトラブルのおかげで新しい留学生寮が準備できるまでの2ヶ月間、ここでのルームメイトは日本人でした。北京で日本人の友達をあまり作らなかったわたしとしては、正直困りました。クラスメイトも3分の1以上が日本人、わたし達の部屋が1階で、二人とも日本人だということでお互いの日本人の友達が遊びに来てくれる事も多かったためにどんどん日本人の友達が増えていき、気づいたときには日本語を話す時間が中国語を話す時間よりも多い、という状況で、「わたしは何をしに中国まで来ているのだろう」と悩み、せっかく遊びに来てくれた友人に対して冷たくあたった事もありました。
新しい寮の準備も整い、かねてからの希望通り一人部屋に移った後は、色々考えることができる自分の時間もできました。一人になって考えて見ると、上海で北京の時とは違う収穫があったことに気が付きました。北京の時わたしが親しくなったのは中国語を専門に学んでから中国に来ていた子やもう何年も中国で生活しているような人だけでしたが、上海では高校を卒業して中国語をまったく知らない状態で来た子から仕事を辞めてきた人、仕事をしながら中国語を勉強している人、また交大が交通の便が良い所にあるので、上海で駐在員として働かれている旦那様について上海に来て、中国語を学んでいる方など、実に多種多様な人たちが日本全国から集まってきていました。
専門で中国語を学んでいる人ならまだしも、この中のほとんどは上海でしか出会えなかった人たちです。年齢も出身地も様々、考え方も価値観も違う彼/彼女達との出会いはわたしにとって上海での大きな収穫です。
「中国のことを勉強する前にもっと自国のことを勉強しておいた方がいい」と、留学から帰ってきた先輩にアドバイスをお願いしたときに必ずといっていいほど言われました。わたし自身も中国の人や他の国からの留学生に訊ねられて答えられなかったことが多々あり、恥ずかしい思いをしてしまいました。そして、わたしと違う価値観を持つ友人たちと友達になれて、初めて知ったことや「ああ、こういう考え方もできるんだ」と目からウロコが落ちた感じでした。
北京でのわたしのように、『せっかく中国に来たのだから日本人の友達は作らない!』と意気込んで留学に臨む人も多いと思います。確かに中国語の勉強という意味ではそれは一番良い方法でしょう。しかし、やはり一番仲良くなれたのは日本人でした。慣れない海外生活で日々たまるストレスや悩み、相談をするのに日本人ほどいい相談相手はいません。諸外国から来ている友人と話をして発散できるストレスもあるけれども、やはり育った環境が違うと自然と考え方も違ってくるので、同じような環境下で育ち、(多少は違うといえ)同じような価値観を持つ日本人の友達はとても重要な存在でした。
海外からの留学生や中国の人との交流を通して得たものももちろんたくさんありますが、国際理解がいかに難しいものか、という事もわかったような気がしています。
『国際交流』という言葉を良く耳にするようになった昨今、どうすればよりお互いを理解しあえるかは、言語を学ぶ我々にとっても大きな課題だと思います。それを痛感するためにも、その回答を探すためにも、中国語に限らず、外国語を学ぶみなさんに声を大にして留学を勧めたいと思います。